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9月20日 一澤帆布・想い出PartU

2つの遺言書をめぐる相続問題で残念なことに2年前、“一澤帆布工業”と“一澤信三郎
帆布”に分裂してしまった一澤帆布。京都・東大路通りを四条から三条に向かって上り
祇園会館を通り越し旧・電車道停留所・智恩院前に一澤帆布店はありました。
先代の社長(というよりも、オヤッサンという感じ)は、とても気さくな方で、私が初めて買
った車“バモス”の幌が痛んできた時も、何とか一澤帆布で新しい幌を作ってもらえな
いか相談に行ったことがありました。
先代は戸口に留めた私のバモスを見るなり、“懐かしい車やなあ!”と言いながら、幌
の造作やジッパー、金具の類を一通り見てくれまして、“ウチで作れんこともないけど、
ウチで作ったら純正品よりも大分高いモンになるから・・・・・・”、“ええ人紹介してあげ
るさかい、そこ行ってモ一遍相談してみ”と言って、親切に一人の職人さんの名前と住
所を紙切れに書いてくれました。
紹介された人は確か岡崎公園の少し東の方にお住まいの方でしたが、なんでも映画村の
小道具の修理や製作を一手に任されているという人で、撮影に使う人力車の幌なども一
人で完璧に復元してしまう腕を持つ、いわば何でも屋的職人さんだったのです。蛇腹に
なっている人力車の幌でも難なく作ってしまうその腕にかかればバモスの幌なんかはど
うっていうことなかったのか、ビックリするぐらい安く純正品の半額位で新しい幌を作
ってくれました。
あの時代はまだまだ、腕のいい職人さんがそれぞれの町にいて、丁寧に質の高い仕事を
各々こなしていたものでした。特に京都という街は、さすが1200年の都、そういう凄腕の
職人さん達の宝庫でした。
しかし、ここ十年位の間に、この国からそういう職人サン達が急速に消えつつあります。
世界1の技術力を誇った東京・蒲田の町工場も、殆んど後継者がいない現状だと聞きま
した。地道な技術の素晴らしさにだんだん目の行かない国民に我々日本人はなってしま
ったのでしょうか。コツコツ地道に頑張っている人が、全然報われない社会 ―なんか
悲しくてイヤですねー。
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9月16日 75歳以上人口の1割

昨日は“敬老の日”。総務省の統計によりますと、08年度に始まった“後期高齢者医療
制度”の対象となる75歳以上の人口は、前年度に比べ53万人増の1321万人、総人口の
10,3%、なんと人口の1割を超えました。70歳以上だと2,000万人を超え、総人口の
6人に1人が70歳以上となりました。 65歳以上ということになりますと、総人口の
22,1%にも昇るそうです。
総人口は前年比5万人減の1億2771万人、その内14歳以下の人口を見ると1718万人
と70歳以上より少なく、少子高齢化の傾向がより顕著になっているのだそうです。
| ※今日の中国語 |
| 人口(レン↑コウV) |
人口 |
| 日本的人口没有中国那マ多。 日本の人口は中国ほど多くない。 |
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9月13日 旧・一澤帆布製
一時は私が毎日のように愛用していました“一澤帆布製”リュック。使い始めてかれこれ30年程になります。
特注の分厚い帆布を木槌でトントン叩いてなめし、針が通り易いように柔らかくしてか
ら、底や肩部分には当て布をキルティング状に施して補強、とんでもなく頑丈に作られ
ています。
創業は1905年、元々は牛乳配達用自転車カバンや氷配達用カバン、職人用道具カバン
にテントといった、いわゆるプロを相手のお店だったようです。そのうち場所柄か、
京大の地質学の先生とか山岳隊のメンバーから特注品の相談を受けるようになり、色々
なバッグや山岳用装備品を作るようになりました。プロの現場からの要求を試行錯誤し
ながら満たしていった一澤帆布バッグたちの優秀さは、次第に広く人々の知るところと
なっていきます。戦時中は軍の兵嚢の注文も受けたりしているようです。
私がこのリュックを買った当時、智恩院前にはまだ路面電車が走っていまして、その
電車道の真ん前に古い町屋風木造平屋の店舗がありました。大きな木製のガラス引き戸
を開けると土間の中に一段高く板間があり(昔の呉服屋さんの様な感じです)、靴を脱いで上
がるとそこに商品の小物類が置かれたりカバンが吊り下げられておりました。
丁度その頃に、画像一番右・白地に赤縁の漢字ネームタグが考案されたようで、ボチボ
チと一部の製品には控えめに側面とか裏面に、このタグが縫い付けられておりました。
でもこの手のリュック類にはまだ恥ずかしかったのかローマ字のタグのものしか無かっ
たのです。聞いたところによりますと、山岳用品にはずっとこの小さいローマ字のタグ
が使われていたのだそうです。和風ネームタグがすっかり気に入ってしまった私は、
先代の社長に無理を言って、どうしてもここに“漢字タグ”を付けてくれないかと頼み
込みました。自分が貼るには正面に広告みたいで少し抵抗もあったのかもしれませんが、
お客の要望ならばということで割と心地良く了解してくれまして、奥の工場に持って行
きその場で縫い付けてくれました。
新旧のダブルタグが付いた私だけの旧・一澤帆布製リュック、残念なことに2年程前に
後継ぎ問題で分裂し、それぞれ“一澤帆布工業”、“信三郎カバン”と新しく店を構え
たようですが、どちらにももう定番としては残っていないようです。今最新のナイロン
製ベンチレーションシステム付きリュックと比べても、素材そのものの力で蒸れも少な
く、ファスナー1つさえ使われていないにもかかわらず、シンプルで使い勝手抜群です。
バイクに乗るときも毎回背負っていましたから、雨に何度も打たれ、結構油ジミなども
残っている、随分と古臭い形のリュックですが、30年使い込んでやっと風格が出てきた
私自慢の一品です。
| ※今日の中国語 |
| 背包(ベイ↓バオ) |
リュックサック |
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9月10日 夏の脱け殻

昼間鬼丸を繋いでいる杭に、蝉の脱殻が二つ。
獰猛なウチの鬼丸の目を盗み、或いは鬼にも情けでわざと見逃してやったものか、
本当のところは分かりませんが、地中からよじ登り、頑張って脱皮して、ここから空へ
飛び立った証です。
長い地中生活のわりには、地上に出た蝉の命は僅か1週間ばかりしかないと聞きますが、
精一杯夏の青空を謳歌できたでしょうか?
昨晩は結構涼しくて、この夏以後“Tシャツ1枚では寒い”と初めて感じました。
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9月7日 正体

これが何かご存知の方はいらっしゃるでしょうか?
実はこれ、一月以上山里に1日14時間、5分刻みに鳴り響いていた銃声のような轟音の
正体です。最近のはプロパン式なんですねー。
近くで聞くと、信じられない位の轟音が飛び出します。
この写真を撮っている時も丁度、2m位の至近距離で突然爆音が鳴りました。
普段は何事にもめったに動じることのない鬼丸も、さすがにこの時ばかりは一瞬体を
こわばらせ巻尾が水平になりました。それにしてもこの鬼丸、シッポを完全に腹に巻き
込んだ姿は今だまだ一回も見たことがないのですが・・・大したものです。
峠地区はもう、1週間程前には全て稲の刈り入れも終わり、畦にあったこの装置も今は
取り払われています。愈々秋ですねー。
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9月4日 掲示板荒らし

このところ、この日記の掲示板にも毎日猥雑な書き込みが入ってくるようになりました。
殆んどが“逆援”とか“出会い系”の、品行方正な私には(?)少し刺激が強すぎるサイト
からのものが殆んどです。この日本は本当に下卑ていやらしい国に成り下がっていく一方
ですネー。
最初の頃の掲示板“T's Board1”と“T's Board2”は、この種の迷惑コメントの為に
残念ながら殆んど壊滅状態に陥ってしまいました。アットランダムに次から次と送り込
まれるこれらロボット型迷惑メールに対抗する為に、“T's Board3”からはその都度
自動的に変わるパスワード的数字を入力してからでないと送信できない、よりセキュリ
ティー性の強い掲示板に変えておりました。それなのに、先月の末あたりからまたこの
手の迷惑コメントが入ってくるようになりました。
現在の“T's Board5”だけでなく、過去の“T's Board3”“T's Board4”にも同
時に同じコメントが入っていますので、手作業で入れているものではなく、新種のロボ
ット型迷惑メールだろうと思われます。その都度チェックして削除してはいるのですが、
毎日のことなのでなかなかやっかいなものです。
こちらがセキュリティーを強化すれば、すぐそれを凌ぐ新たな荒らしソフトが出てくる
みたいで、まるで終わりのないイタチゴッコみたいです。
変なコメントには、そのIPアドレスを拒否するよう設定もするのですが、もしかする
と毎回IPアドレスを変えて送信できるような仕組みになっているのかも知れません。
それにしても、この類の迷惑メールや掲示板荒らし、もうちょっと法的に規制できない
のでしょうか。前々から、結構声は上がっていたと思うのですが、いつもながら政府
の対応は遅いです。せめて、全てのメールに1円なりと加料して、その中から税金も少
し取ればいいと思うのですが・・・・・・有料となれば、こうした“数撃ちゃ当たる”
式のロボット型迷惑メールは随分減ると思うのです。だいたい、通話料0円とかメール
打ち放題、というのがおかしいんじゃ〜!!
実際政府は、こうした問題に本気で取り組む気があるのでしょうかッ! 風営法で取り
締まっている公衆電話のビラ貼りと何ら変わりはないと思うのですが。メールの送り主
を特定するなんて簡単なことです・・・・・・全て摘発して莫大な罰金を取ってやれば
いいんです。
この数日、正直チョット嫌気がさしています。このまま改善できなければ、掲示板その
ものをこの際暫くの間中止させて戴こうかとも考えていますが、いま少し対策を考えて
みます。
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8月30日 火事、その後

暫く更新をお休みしてしまいました。
親戚に不幸があって、2,3日東京経由で千葉に行っておりました。
笠松山・山火事の際には、全国の皆様にご心配を頂き、“大丈夫かあ〜?”と沢山の電話
やらメールを戴きました。このホームページを通じて知り合った方々や、お客様、学生
時代の友人に修行時代の仲間たち、拳法の先生方、中には懐かしい顔ぶれも何人かあり
ました。
留守中にも、沢山のメールやらFAXを戴いておりますが、この場を借りましてお礼申し
上げます。皆様、本当にありがとうございました。
当峠窯は、山火事のあった笠松山からは約6km離れておりまして、灰や煙は結構飛んで
きましたが全く大丈夫でしたので、どうぞご心配無く! とはいうものの、間近に見る
山火事は想像以上の凄まじさで、まるでゴジラ映画(実際には“大魔神”を想い出したのですが、
歳がバレるので止めましょう)を見ているようでした。
笠松山は丁度丸二日燃え続け、県の防災ヘリと自衛隊ヘリの10機編成による上空からの
水撒きと総勢約1千人に及ぶ近隣の消防隊・消防団の活動によって、なんとか収まった
もようです。殆んど消火した頃になって、雨が降り始めだしたのはチョッと悔しい気も
しますが、山火事は火のオリというか埋み火が一番怖いので、トドメの消火活動を神様
がしてくれたのだと思いましょう。
火事後の山の状態は?と言いますと、火が丸2日燃え盛った割には、外目からは思った
よりも変貌は少ないです。あれだけの火勢でも、焼け落ちたのは枝と葉っぱで、幹その
ものの多くは生き残っているようです。登り窯等で焚くと“攻め焚き”といいまして1200
度前後になると、大きな薪が20秒位であっという間に燃え尽きてしまうものなのですが、
やはり生きている樹というか自然は逞しいものですネ。あらためて、自然の強さには驚
くばかりです。
お陰様で峠窯、幸い山火事による被害は何ら被らずに済みましたが、相も変わらず家計
は火の車ですので、どうぞ皆々様今後も宜しくお願い致します。
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8月24日 お山が燃えている〜!

今、我が朝倉が大変なことになっています!
朝倉の象徴とも言える山“笠松山”が、今日の夕方4時半位から山火事になっているの
です。
暗くなる7時位までは県の防災ヘリコプターも飛んでいたようですが、何せ山も乾燥
しきっていますから焼け石に水、なかなか火の勢いが止まらない様子。只今日付も
変わり25日午前1時、まだ山は燃え続けています。この分だと今日1日中に火が収まる
かどうか。それにしても、こうした天変地異っていうか自然の猛威(たぶん人間の不始末が
原因でしょうが)って、ひとたび荒れだすともう、人の力の及ぶものではないですね。
“笠松山”― その名が示している通り、まるで笠を伏せたような美しい容姿の松山で、
田園地にぽっかり浮かんだような山ではありますが、頂上からは瀬戸内海や石鎚連峰・高縄半島一帯を望むことができ、昔から軍略上要衝の地でもあった処です。特に南北朝
期から戦国時代にかけては幾度かの壮絶な戦いがこの地で繰り広げられました(南北朝期
には南朝方、戦国期には河野氏方の山城が頂上にありました)。この笠松山から隣の世田山にかけ
て古戦場を偲ぶハイキングコースもあったのです。標高は550mほど。
私の工房から、車で10分も離れていない“お山”です。
できるだけ早い鎮火を祈っています。
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8月21日 山の生活

山里の生活は、意外とウルサイ。
丁度朝5時から夕方7時まで、きっちり5分おきに大砲が鳴ります。
“パアーン!”、 “パアーン!”と、まるで猟銃を発砲でもしているかのような轟音が
山に鳴り響きます。
今年は特に猿が田んぼを荒らしているのだそうで、鳥除けのためだけではないらしい。
水不足のせいで、野菜は全滅に近いという話も聞きますし、農家は本当に大変みたいで
すが、
農家以外も大変です ― 朝5時から絶え間のない爆弾攻撃(笑)!
超・デリケートにできている私としましては、おちおち熟睡してもいられない。
2時過ぎに寝て、毎日5時には目が醒めます。
徹夜仕事の人などは特に、ゆめゆめ山に住もうなど甘い考えを持ってはダメですぞ!
P.S. 工事車両も街中にくらべ、想像以上に走ります。
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| 威 口下(ウェイホォア↓)) |
おどし |
| 鳥(ニアオV) |
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8月18日 Bullet

こちらはフィッシャーの“ブレット・EF−400 クローム”
筆記時には135oもありますが、キャップに収納した状態だと96o、普通の手帳用
超小型ペンよりも短くなります。収納時の形状はまさしくBullet、ライフルの銃弾を
髣髴とさせます。
リフィルは通常のスペースペンと同じものなので、上向きでも、水中でも、−35℃〜
121℃まで、どんな悪条件下でも書くことができますし、フィッシャー特有の粘着度の
高い特殊インクは通常のインクの3倍も長持ちし、100年は乾燥することがないと言わ
れています。
潔くクリップレスにした形状が思いの外収まりが良く、携帯用ペンとしては今のところ
最高のアイテムかな?と思っていて、私のベストの右ポケットには大体いつもコイツが
入っています。
その機能性と美しいデザインからニューヨーク近代美術館・通称MoMA(Museum of
Modern Art)に永久展示されています。
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8月15日 終戦記念日

今日は63回目の終戦記念日。
私の父は18歳で自ら志願して軍隊に入りました。最初の1年間は東京の梨本宮邸(旧・
宮家)の警護に就いたそうですが、それから満州に渡り、大連経由で佳木斯(チャムスン)
という街に行きました。ロシアとの国境に近い満州国最北東の酷寒の都市で、松花江と
いう大きな河は冬になると2mもの厚さの氷で覆われるのだそうです。846部隊という
隊で通信兵として、この極寒の地で3年間を過ごしました。
引き揚げて父が今治に帰った時は、丁度今治空襲の直後で、降り立った今治の駅から
海まで何も無い(勿論実家も全焼でした)一面の焼け野原だったそうです。
これでもまだ、生きて帰れた父は幸運組だったのでしょう。一足帰国が遅れた人たちは
ソ連侵攻で殺されたり、収容所送りになって非常に沢山の割合で亡くなりました。
戦争が終わり60年以上たった今でも父は、毎晩のように夢でうなされています。3日に
1度位は“うわーっ!!”と自分の大きな悲鳴で目が醒めます。私たちがビックリして
駆けつけてどんな夢を見ているのか尋ねても、キョトンと半身起き上がった儘一切何も
話そうとしません。本当か嘘か、いつも“憶えてない!”と一言言うだけです。そうい
えば、戦争の話も殆んど話そうとはしません・・・・・・
戦後63年・・・・・・父の戦争はまだ終わってないようです。
※父が何も話してくれないので、どういう夢か実際のところは分かりません。
もしかしたら年で本当に憶えてないのかも・・・(T_T)
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8月11日 “足るを知る”加圧ペン

日本にも見つけました、ちょっとイイナと思える加圧ペン。
トンボ鉛筆の“Air Press”。従来のリフィルに窒素ガスを充填している加圧ペンとは
違い、その名の通り“空気圧”でインクを加圧するタイプ。
ノックをする度に、普通のプラスティックの替え芯にピストンが空気圧を加える仕組み
になっているようです。注射器とか水鉄砲の原理に似ている様な気もします。
大気圏外とか猛吹雪下の南極ではさすがに使用は無理なようですが、普段の生活の中で
使う分には“これで充分じゃないか!”と、まさに目からウロコの加圧ボールペン。
従来の加圧ペン同様、 さかさまに寝転んだ状態でも、壁に懸かったカレンダー、水や油
に濡れた紙や感光紙にも、書き初めからかすれることもなくスラスラと書けます。
リフィルにではなくて、ボールペンの本体そのものに加圧の機構を付けたのは世界でも
恐らくこれが初めてでしょう。
NASAのアポロ計画がフィッシャー社のスペースペンという加圧ペンのマザーを生み、
それから43年後、我が日本から生まれた新しい形の“普段使いの加圧ペン”。
122oという少し短めのボディーには10o程も開くワイヤークリップが付いて、加圧
が確認できるインジケーター窓、ストラップホールも付いて楽しくお洒落にまとめられ
ています。デザイン的には、ドイツ・ラミーの万年筆“サファリ”あたりを意識してい
るのかな?という気が少ししないでもないですが、洗練されたバウハウス系のデザイン
とは違って、ずんぐりと少しユーモラスなデザインはやはり日本のファンシー系デザイ
ンの延長にあるものだろうと思います。ネックストラップをつけて首に下げ、フィール
ドワークなどで使うのには一番似合いそうなボールペンではないでしょうか。
本体はブラック、ブルー、オレンジの3タイプ。0,7oポイントの中芯はブラックのみ、
筆記距離能力500m(ちょっと短目です)。定価630円で、替え芯が63円、フィッシャ
ー社の替え芯よりもずっと安い本体価格設定ですが、日本モノはいつ廃盤になるかわか
らないので、その辺が少し不安かな?
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8月8日 秋?

本日関東地方は軒並み猛暑日となり、今年の最高温度を記録した都市も多かったそう
です。
しかし早や、暦の上では昨日が立秋!
何事も実は、一番盛りの中に、次への展開が潜んでいたりします。
こーんな夏真っ盛りの感じなのに、
峠の道脇にはチラホラとイガグリが落ち始め、赤とんぼも姿を現し始めました。
酷暑の中にもちゃんと、所々見える、秋の気配・・・・・・
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